独自企画 阿部賢一先生講演会 「現代チェコ文学入門」

第一回  「ボフミル・フラバルの辿った道」 

チェコを中心とする中欧文化研究の第一人者である阿部賢一先生には昨年10月にカレル・チャペックの戯曲「ロボット」について講演をしていただきました。本年度は「現代チェコ文学入門」と題し、2回講演していただけることになりました。その第1回はボフミル・フラバル著「わたしは英国王に給仕した」を中心に以下により開催します。

  日時: 2021年11月26日(金) 19:30-20:30

 講師: 阿部賢一先生 東京大学准教授

  演題:「ボフミル・フラバルの辿った道」 

  【概要】1914年に生まれ、1997年にこの世を去ったチェコの作家ボフミル・フラバルの生涯はチェコスロヴァキア(1918-1993)という国の道程に重ねてみることができる。とりわけ「わたしは     英国王に給仕した」では、ナチズム、共産主義といった歴史的な出来事が、主人公の道を阻むものとしてたびたび描かれている。この講演では、フラバルの生涯をたどりながら、作品内における道のモチーフ、道教の影響、道程はどういうものであったのかを探っていきたい。

  開催方法: Zoom システムによるオンライン講演会 (スマートフォンでも参加可能)

  会費: 無料

  お申込み: emailでの登録をお願いします。お申込みいただいた方に当日のURLを送付します。 

              先着100名で締め切ります。

              先着100名で締め切ります。

申込先  czfriend@outlook.jp

本講演は終了しました。

独自企画 阿部賢一先生講演会 「現代チェコ文学入門」” に対して1件のコメントがあります。

  1. 理事会 より:

    阿部先生の講演「ボフミル・フラバルの辿った道」を聴いて
                                   髙橋恒一

    一昨年カレル・チャペックの「ロボット」について講演して頂いた東京大学の阿部先生が、昨年の11月26日に「現代チェコ文学入門第1回講演会」として、「ボフミル・フラバルの辿った道」と題するオンライン講演をしてくださいました。同講演は、「わたしは英国王に給仕した」を中心にフラバルの作品における道教の影響を検証しつつ、フラバルの辿った道程を探るもので、フラバルが如何なる考えを持ち、どのように生きたかを理解する上で大変示唆に富む面白い内容でしたので、私が理解できた範囲で要約し報告いたします。

    ボフミル・フラバル(1914-97)は、20世紀後半のチェコ文学を代表する作家である。ニムブルクのビール醸造所の家庭で幼少期を過ごし、プラハの老舗ビアホール「黄金の虎」に常連として通うなど、ビールと生涯を共にした。製鉄所、古紙回収所などで勤めた後、1963年に作家デビュー。1970年代に作品の公表の可能性が奪われたが、生涯、国内に留まり、作品を書き続けた。この点でフラバルは、反体制派の論客として活動し、ビロード革命後に大統領に選出されたヴァーツラフ・ハヴェルや1968年に仏に亡命し、同地で亡命作家として作品を発表したミラン・クンデラのような共産主義体制と戦った同時代の作家とは、異なる道を歩んだといえる。
     フラバルは、あるインタビューで「私は、毎年、老子の『道教』を読んでいる。」と述べており、また彼の作品には道教を意味する「道」という言葉が、何回も出てくる。
    こうしたことからフラバルにとって道教は、作家としてのインスピレーションの源の一つであったと考えられる。老子自身が作品に登場するのは、「余りにも騒がしい孤独」である。同作品では、発禁本の処理をする古紙回収所で35年間働いているうちに心ならずも古今東西の偉大な思想を学んでしまった主人公が抱く幻想の中に、感じの良い若者のイエスキリストと一緒にしわくちゃの老人の老子が登場する。そして生をまっとうするためには、何事にも執着しすぎてはならないという老子の教えが紹介される。
     見えない形ではあるものの、老子の哲学を最も明確に表現している作品が、「わたしは英国王に給仕した」である。同作品は、百万長者になることを夢見て給仕見習いとなった小さな村出身のジーチェ(ジーチェはチェコ語で「子供」の意味)の波乱万丈な人生を20世紀のチェコの歴史を背景に描いたものであり、そのあらすじは次の通り。

     ホテルの給仕見習いとなったジーチェは、支配人から「おまえはここで、何も見ないし、何も耳にしない。しかし同時にすべてを見て、すべてに耳を傾けなければならない。」と教えられ、この教えを守って給仕として一人前になっていく。ズデーテン問題(ドイツとの国境地帯にあり、約300万人のドイツ人が住んでいたズデーテン地方のドイツへの併合問題)を巡りチェコスロバキアとナチスドイツとの関係が緊迫化する中で、ジーチェはズデーテン地方出身のドイツ女性と恋に落ち、併合後に結婚する。第二次世界大戦が始まると彼女は従軍し、どこかでユダヤ人から高価な切手を強奪し持ち帰る。ジーチェはその切手を売った金でホテルを購入し、戦後は百万長者になる。しかし、1948年に共産党独裁体制になると、全財産を没収され、神学校を改造した集団収容所に収監される(この集団収容所の話は実話であり、いかにも作り話に見える話が実話であることが多いのもフラバルの小説の面白さであり、同時に怖いところでもある)。その後ジーチェはカルロヴィ・ヴァリに近い小さな町に送られ、国外追放になったドイツ人労働者が残した森の小屋に住み、思い通りにならないことがあっても、腹を立てず、運命を呪うこともなく、黙々と道路整備の仕事に専念しながら平静に自分の人生を振り返る。

     ハヴェルやクンデラのように明確な反体制的行動を取らなかったフラバルの立ち位置についてはグレーであいまいな所があり、一部の作品の発表が認められた時期があったことから、体制に順応したのではないかと批判する向きもある。しかしながら「道常無為」(道はいつでも何事も為さないでいて、しかもすべてのことを為している。)と説く道教を信奉していたフラバルは、むしろ何もしないことの積極的な意義を考えていた可能性がある。あからさまな政治的活動ではなく、「給仕」の、更には「傍観者」のまなざしで、あらゆる土地のあらゆる社会階級をよく見た証人として作品を書くことが、作家としての自らの使命だと考え、百万長者になることを夢見ていた主人公が最後に「お金」以外の価値を見出すというこの小説を書いたのではないか。グレーであるからこそ見えてくるものがあるのであり、フラバルは、グレーの立ち位置を守ることにより、20世紀にチェコが経験したナチスドイツへの併合や共産党支配などの受難の歴史と激動する政治情勢に翻弄される主人公の人生を重ね合わせて見事に描いたこの傑作を後世に残すことが出来たのではないかと考える。
     

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